昔の生活を今に伝える『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原

昔の生活を今に伝える貴重なウヮーフール『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原 コネタ

那覇市田原の田原公園の一角にあるアーチ屋根の石造りのもの。これは字田原のフェーメーシチャグイ家(屋号)にあったウヮーフールなんだそうです。

フェーメーシチャグイ家のフール

昔の生活を今に伝える貴重なウヮーフール『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原
フェーメーシチャグイ家のフール|那覇市田原(田原公園内)

フール(ウヮーフール)とは豚の飼育小屋とトイレを兼ねた施設のこと。
※「ウヮー」は豚、「フール」は便所の意

こちらにあるのは、字田原のフェーメーシチャグイ家(屋号)にあったウヮーフールで区画整理の際に移設し保存されたものです。

昔の生活を今に伝える貴重なウヮーフール『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原
この囲いの中で豚を飼います

石積みした囲いの中に豚を飼います。その前方にはトゥーシヌミー(東司の穴)があり、そこにしゃがんでトイレの様に用便を済ませます。

昔の生活を今に伝える貴重なウヮーフール『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原
前方にあるトゥーシヌミー。ここがトイレになります

トゥーシヌミーから豚のいるエリアに向かって勾配がつけられているので、排泄物が滑り台のように落ちていき、豚の飼料となる仕組みです。ここにしゃがむと豚にお尻を舐められた、という経験を持つ人も多かったとか。

ウヮーフールの近くにはユーナの木が植えられ、その葉は今でいうトイレットペーパーとして使われていたそうです。

昔の生活を今に伝える貴重なウヮーフール『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原
人糞以外の餌はここに入れていたそう。漆喰で固定されていた跡があります

見事なアーチと石積み

昔の生活を今に伝える貴重なウヮーフール『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原
美しいアーチは首里城の歓会門と同じ「三心円弧」という高度なアーチの技術

石造りの見事なアーチには、「三心円弧」と呼ばれる非常に高度なアーチの技術が使われています。これは、首里城の歓会門に使われているものと同様の技術だそうです。

石積みの技法も凝ったものになっており、明治時代の終わりごろから大正時代のはじめごろに作られたものではないかと考えられているそうです。

これだけのものが家の敷地内にあったということは、裕福な家柄だったのかもしれませんが、それだけ豚を大切にしていたとも言えるのではないでしょうか。

人糞を無駄なく効率良く、豚の飼料にしていた昔の生活の様子を今に伝える貴重な保存物です。普段、何気なく通りすぎてしまいがちですが、ぜひ立ち寄ってみてください。

昔の生活を今に伝える貴重なウヮーフール『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原
背面の様子
昔の生活を今に伝える貴重なウヮーフール『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原
田原公園の一角に保存展示されています

その他 うるくにあったウヮーフール

森口公園整備事業に伴う発掘作業で見つかったウヮーフール

昔の生活を今に伝える貴重なウヮーフール『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原
2000年10月撮影。調査後は保存のために埋め戻されました。写真撮影/提供:高良広輝さん

具志に唯一残っていた戦前のウヮーフール

昔の生活を今に伝える貴重なウヮーフール『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原
2018年アパート建築のために取り壊されました。出典:具志字誌
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フェーメーシチャグイ家のフール

【フェーメーシチャグイ家のフール】
那覇市田原3丁目