昔の生活を今に伝える『フェーメーシチャグイ家のフール』|那覇市田原
那覇市田原の田原公園の一角にあるアーチ屋根の石造りのもの。これは字田原のフェーメーシチャグイ家(屋号)にあったウヮーフールなんだそうです。 フェーメーシチャグイ家のフール フール(ウヮーフール)とは豚の飼育小屋とトイレを…
那覇市田原の田原公園の一角にあるアーチ屋根の石造りのもの。これは字田原のフェーメーシチャグイ家(屋号)にあったウヮーフールなんだそうです。 フェーメーシチャグイ家のフール フール(ウヮーフール)とは豚の飼育小屋とトイレを…
(写真は1950年代頃のガーナームイ / 提供:上原正徳さん(協力:高良広輝さん) 奥武山公園の向かい、那覇市鏡原町にある緑の小丘『ガーナー森(ムイ)』。戦前までは漫湖に浮かぶ小島の一つでした。 かつては景色の美しい景勝…
戦後復興の時代、現在のローソン那覇高良二丁目店そばに『小禄劇場』という映画館がありました。戦後の小禄に最初に誕生した映画館です。 始まりは”露天”劇場 戦後復興の中、字大嶺出身の平良雄一氏が「復興と慰安は不離一体」という…
那覇市小禄にある『字小禄ハワイ会館』。”ハワイ” と名付けられているのを不思議に思う方もいるかと思います。この建物は戦後、ハワイ在住の小禄字人会(旧小禄村小禄、田原出身者ら)から贈られた1万ドルの義援金で建てられたものな…
本という ”資源” を地域で循環させて、本から得られる ”知識” を地域で共有できたら…。 そんな想いからスタートし、インスタでの告知から少しずつ本の寄付が集まり、『うるく文庫』としてオープンしました。本を寄付していただ…
今回は小禄に残る、風情ある石畳道をぶらっと。そこだけ少し空気が変わり、まるで琉球王国時代にタイムスリップしたかのような、厳かな雰囲気が漂っていました。 ノロが祭祀を行う際に御嶽へ登るための道 県道62号線から森口公園方面…
宇栄原2丁目の大嶺バス停前に『田原公設市場』がありました。(写真は1964年8月15日発行『なは市民の友』第168号に掲載された建物完成図) 市場付きの市営住宅(通常:下駄履きアパート) 『田原公設市場』は8つあった那覇…
先日の旧暦5月4日のユッカヌヒー(新暦6月21日)に字大嶺地区の伝統行事であり那覇市無形民族文化財の『字大嶺地バーリー』が開催されました。自治会館の建て替えやコロナ禍の影響もあり、実に4年ぶりの開催となりました。 大嶺の…
戦後すぐ、山下町は”ペリー区”と呼ばれていましたが、そこに『ペリー劇場』という映画館がありました。 その跡地は現在『ペリー保育園』となっており、『ペリー劇場』の初代館主のお孫さんで『ペリー保育園』園長の賀数博さんにお話を…
現在の奥武山付近に、戦後のわずか3年間だけ存在した『みなと村』があったそうです。 米軍統治下の那覇港湾作業のための特殊行政区 『みなと村』は沖縄戦後の米軍統治下において、現在の那覇港周辺地域に作られた港湾作業のための特殊…