琉球時代から続く神社があるってよ〜!
山下町に琉球時代から続く『住吉神社』があることをご存知ですか?
山下町の住宅街の中にある山下西公園の奥に、住吉神社へと続く参道があります。
赤い手すりの階段を登ると、琉球王国の時代から現在まで続く『住吉神社』があります。
「この神様を沖縄でもまつろう」と持ち込んだのが始まり
ここ沖縄に住吉神社ができたのは、今から400年以上前の1611年。
沖縄がまだ琉球王国だった時代に、役人・儀間真常が薩摩から持ち込んだのが始まりだそうです。
住吉神社は、全国に2,000社以上あり、海上安全・渡航安全の神様がまつられています。
当時は、船で他の国へ渡航するのは命がけで、遭難してしまうことも珍しくなかった時代。
人々は遭難しそうになると、先祖や沖縄の神様だけでなく、日本や外国の神様など いろいろな神様に祈っていたといいます。
薩摩への渡航の際、儀間真常が住吉神社の神様に祈ったところ、無事に帰ってくることができたので「この神様を沖縄でもまつろう」と持ち帰ってきたのだそうです。
真和志間切垣花村(現在の那覇軍港敷地内)の出身。サツマイモの栽培方法や砂糖の製造方法を広め、食糧不足に苦しむ琉球の人々を救った。沖縄産業の父と呼ばれ、琉球五偉人の一人としても数えられている。
沖縄に持ち込まれた当初、住吉神社は小禄間切儀間村(現在の那覇軍港のあたり)にあった儀間真常の自宅内にまつられていましたが、次第に地域の人々にも親しまれるようになったといいます。
そこで、儀間村の端の海沿いに社殿が作られましたが、その後の沖縄戦による破壊や軍港整備工事のため、現在の場所に引っ越してきたそうです。
境内には、住吉神社と一緒に移ってきた拝所や御嶽があります。
これらは、もともとは山下町や住吉町、垣花町にあった拝所や御嶽。
戦後の軍港整備工事のため、この場所に移ってきたそうです。
内地からやってきた神社の中に、沖縄の昔ながらの御嶽や拝所があったり、シーサーのように愛嬌のある狛犬がいたり。
いろいろな文化が混ざり合う”チャンプルー”な沖縄らしさを感じます。
400年あまりもの間、地域を守ってくれている
沖縄戦による破壊や軍港整備のための移動がありながらも、途絶えてしまうことなく、大切に受け継がれてきた住吉神社。
それだけうるくの人々に親しまれ、心の拠り所となっていたのでしょう。
琉球の時代から400年あまりもの間、地域を守ってくれています。
近くを訪れた際には、ぜひ参拝してみてくださいね。
【住吉神社】
■那覇市山下町6
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