写真:字小禄自治会館に残る、字小禄の龕(ガン)
昔、沖縄の風習で使われていた龕(ガン)とそれを納める龕屋(ガンヤー)が今も字小禄自治会館で大切に残されています。

通常は公開されていませんが、字小禄自治会長の高良広輝さんと字小禄財産管理運営会の上原仙子さんにご協力いただき、特別に見せていただきました。

龕(ガン)は野辺送りの際の乗り物
『龕(ガン)』は遺体を納めた棺を墓まで運ぶ輿(こし)のこと。
琉球王国時代から続いた風習といわれ、埋葬や風葬だった時代に使われていました。

赤い朱塗りであることから赤馬(アカンマー)ともいわれていました。龕(ガン)保管する専用の建物を『龕屋(ガンヤー)』と呼びます。
かつては各集落に龕屋(ガンヤー)があったのでしょう。
『沖縄民族辞典』(2008年 吉川弘文館発行)には「龕は俗に王の乗り物のかごで、庶民もそれに乗るのが最後の華とされた」とあります。
まずは拝みをし、ご挨拶してから拝見します。

先の戦争で焼失後、1949年に再び造られた

字小禄の龕(ガン)は沖縄戦で焼失後、1949年(昭和24)に再び造られました。
2004年4月9日の沖縄タイムス紙面記事によると、字小禄に住んでいた照屋盛順さん(当時50代)が組み立て、当時20代だった照屋次郎さんがハスの絵などを彩色したと記載されています。


火葬の普及に伴い使われなくなりましたが、字小禄の龕がいつ頃まで使われていたのかは諸説あり定かではないそうです。

貴重な小禄の文化財を大切に保管するため龕屋を建設
戦前から1981年(昭和56)まで字小禄の龕屋は字小禄208番地(ファミリーマート那覇小禄本通り店の隣付近)にありましたが、その後、字小禄自治会館敷地内建物にて保管されました。
ほこりや白アリ対策などをしながら大切に保管していましたが、
字小禄財産管理運営会が「龕を後世に残そう」と取り組み、2004年(平成16)自治会館西側に龕屋が建設されました。(豊見城市に残る龕屋を参考に建設)


かつての沖縄の葬送文化を伝える貴重な小禄の文化財として、今も大切に保管されています。


動画でもぜひご覧ください
【龕屋(ガンヤー)】
那覇市小禄5丁目4-6 字小禄自治会館 敷地内





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