宇栄原団地の歴史を振り返る特集連載『宇栄原団地ヒストリー』。
第3回は、前回に引き続き宇栄原団地自治会長の前花友克さんにご協力いただき、生活の様子などをもう少し詳しく見ていきたいと思います。
水洗トイレ、シャワー、ダストシュート。当時最先端の設備たち

宇栄原団地は、住宅に困っている世帯のために建てられたとはいえ、設備は時代の最先端だったといいます。
「風呂なし・トイレは共同」といった下宿もまだまだ多かった時代に、各戸に水洗トイレやシャワー、ベランダがついている共同住宅は庶民の憧れだったそう。



入居者を取材した上記の記事によると、
「これまでの間借り生活に比べ、こんな立派な文化住宅に入居できて喜んでいます。」
「立派な団地ができたことに感謝しています。」
といった声があり、入居者は概ね快適な団地生活を送っていたようです。
とはいえ当時はまだ不便なこともあったようで、水不足の時には断水が行われることもあったそう。
さらに宇栄原団地は高台にあるので地理的な条件も悪く、給水日であっても水が出ないこともあったといいます。
住民に水を供給するため、消防車が出動して水を運んだことまであったそう。
また、部屋のシャワーからはお湯が出なかったというエピソードも。

とのことで、寒い時期には団地内の銭湯に行くか、給湯器を自分で取り付けるか、鍋にお湯を沸かして体を洗っていたのだとか。
団地内にあった銭湯……。これは、ぜひとも見てみたい!!と思いましたが、

とのことで、写真は残っていないそうです。
また、宇栄原団地には、当時最先端の設備としてダストシュートが付いていました。

1960年代までに建てられた大きなビルや集合住宅、学校などにはダストシュートが設置されていることが多かったそう。
各階にゴミ捨て口があり、そこにゴミを入れると1階の集積所までゴミが落ちるという仕組みです。

1階に溜まったゴミの中から、残飯は豚の餌用に…と一斗缶に集められ、養豚業者が引き取りに来ていた時期もあったそうで、

自宅ベランダから捨てられる、わざわざ1階までゴミを持って降りる必要がないので便利だと思われましたが、害虫や悪臭が発生するといった問題もあったそう。


子育て世代が多く入居していた。

宇栄原団地の入居者のなかには共働きで子供がいる世帯も多く、団地内には保育園が2か所ありました。当時の保育料は乳児(生後3ヶ月〜2歳まで)が月8ドル、幼児(満2歳〜5歳未満)が月5ドルだったようです。
団地内の広場で運動会が行われると、子供たちとその父母、祖父母が足を運び、大賑わいとなったそうです。

団地の建設前には誰も住んでいなかった場所に、4000人規模の集落が誕生したことで、小禄地域の子どもの数が急増。
団地の建設後には周辺にもアパートが建ち、さらに人口は増えていき、高良小学校など近隣小学校の人数圧迫を防ぐため、1972年に宇栄原小学校ができました。
また、給水塔(通称:バル給)のふもとには、子どもたちが遊べる公園がありました。
タコ型のすべり台があったので「タコ公園」と呼ばれていたそうです。


タコ公園があった場所には、今では保育園があります。今も昔も子どもたちの遊び場です。

子ども達に親しまれた「駄菓子屋タイガー」は今も健在
当時は、団地の周辺にはお店がなかったので、団地内に公設市場が建てられました。
公設市場には、精肉・鮮魚などの食料品店のほか、薬局や美容院、入居者が営む洋裁店などもあったそうです。

現在ではほとんど閉店してしまっていますが、公設市場の一角には、現在も営業されている駄菓子屋さんがあります。

ここで50年以上お店を営んできたそうで、「懐かしいー!」と思った方も多いかもしれません。
子供たちからは「タイガー」と呼ばれていたそう。

現在はお店を閉めていることのほうが多いそうですが、今回、幸運にも、お店が開いているタイミングに遭遇し、撮影させていただきました。
(宇栄原公設市場については、昔はどんな様子だったのか、など また改めて取材&ご報告したいと思います)
宇栄原団地周辺が小禄の中心地に
小禄支所が現在の場所(2022年5月現在は建替工事中)に引っ越してきたのも、宇栄原団地ができてからのこと。

それまで小禄支所は高良の小高い丘にあったそうですが、小禄地域の人口が増えて庁舎が手狭になったことや建物の老朽化、交通の便もあまり良くなかったこともあり、新築移転されました。
宇栄原団地の建設をきっかけに、団地周辺の人口が増え、支所も出来、団地周辺は小禄の中心地として賑わっていきました。現在の小禄中学校向かいに、かつてはバスターミナルがあったということもその証なのかもしれません。
元々は、吹切原(フッチリバル)という山だった場所を切り拓いて出来た宇栄原団地。
何も無かったこの場所で、那覇市の「モデル団地」として拡大を続け、1004戸・収容人口4千人という、1つの町・村にも匹敵するほどの「沖縄唯一のマンモス団地」となりました。
敷地内には保育所、公園、公設市場には様々なお店、薬局に美容院、銭湯…と当時の生活に必要なものが揃い、この一帯は一つの「まち」になっていったんですね。

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部屋にシャワーは付いていたけど、昔はお湯が出なかったわけさ。笑 でも毎日銭湯に行くのもお金が大変だから、銭湯に行かない日は冷たいシャワーを浴びていたよー笑