うるくのコネタ
戦前、戦後のうるくの古写真をもとにご紹介する歴史ネタや、普段通り過ぎてしまいがちな史跡などをご紹介。うるくの昔と今を知るきっかけに、そしてアーカイブとして残していければと思います。
森口公園と殿(トゥヌ)のふもと、字小禄ハワイ会館や高良隣徳先生顕彰碑からほど近くに『小禄里主所火神(オロクサトヌシドゥクルヒヌカン)』があります。地頭火神(ジトゥヒヌカン)、火神ガナシとも呼ばれているそうです。



小禄間切全体の火神(ヒヌカン)

火神(ヒヌカン)は、自分の家の火神、村の火神、間切の火神、国(首里)の火神がありますが、小禄里主所火神は小禄間切の火神。間切とは現在の市町村にあたる琉球王国時代の行政区で、小禄間切は後の小禄村、現在の12ケ字の小禄地域になりますので、この小禄里主所火神が小禄地域全体にとっての火神といえるのではないでしょうか。

『字小禄財産管理運営会20周年記念誌』(2013年)によると、五月・六月ウマチーを終えたあとはノロや自治会長等が報告のウガミ(拝み)に行くところであると記載されています。


『琉球国由来記』にも記載
『琉球国由来記』(1713年)を見ると、お米や野菜、生魚などと共におまつりをするという記述があります。また、『琉球国旧記』(1731年)にも小禄間切の火神として記述されており、琉球王国時代から大切にされてきた地域の火神であることがわかります。
これからも地域全体で大切に守り、次世代へ引き継いでいきましょう。


参考
字小禄財産管理運営会20周年記念誌(2013年)
字小禄財産管理運営会20周年記念誌(2013年)

動画でもぜひご覧ください
【小禄里主所火神(オロクサトヌシドゥクルヒヌカン)】
那覇市小禄62駐車場横付近
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